キュー・ガーデンズⅡ~イングリッシュ・ガーデンの旅 06
テーマ:イングリッシュガーデン
2009/11/21 06:01
Year of the Tree Festival
昨年の英国立キュー植物園は‘樹の祭典の年’
だったようです。
サブテーマは、Explore the Treetops
樹冠の探検…
実際に、とてつもなく高い空中の遊歩道が建造され、巨木たちのさらに頭上を散歩しながら樹の上の様子を観察できるようにしたり、

逆に地中に潜った地下施設の中で地中の様子を観察したり、tree Listening と称して樹の幹に繋がったヘッドホンを耳に当てて樹の音を聴いたり、ゲート前にはオークの倒木が展示してあったり、屋外で写真展を開催していたりと、さまざまな企画で一杯でした。
申し訳ありません。
前回で述べたような方針を固めてしまったわたしは、それらの写真をまったく残していませんでした。残念!
でも、どれも余すことなく堪能しました。
では、英国人の大好きなウッドランドの様子です。

森を愛するが故に、自宅の庭にその森を再現しようとしたのが風景式庭園としてのイングリッシュ・ガーデンの起源なのでしょうね。

それは一大土木工事であったろうと思われます。

さて、ここから先はキューの各所で見つけた素敵な樹木たちを楽しんで頂きます。
コメントを差し挟みたくとも、広大な敷地を歩き回ることに忙しく、個々の樹木の名前とか調べるヒマがとうとう無かったので、ここは流します。

あ、ただひと言付け加えておきます。
こうしてみると、森は緑……ではありませんね。本当に様々な葉色の樹が、バランス良く配置されていると思いました。


枝垂れ──ペンデュラ・タイプの巨木ともたくさん出会いました。地面を撫でるように垂れ下がった枝の太さには驚きです。

これは日本でもおなじみになった西洋ブナのパープレアですね。
それにしても巨大です。

半端でない木陰に入って、ベンチでひと休み。
この日も暑くなりました。

この時期のイギリスは至る所で、トチの花が満開でした。

これは地中海エリアの様子。
黄色い花は、今にしてみればアカシアのフロリバンダですね。

こんな樹や、

こんな樹もありました。

そして、最後にキュー・パレス。
これは他のエリアとは一線を画した、なかなか魅力的な場所でした。
もともと、1730年にジョージⅡ世の皇太子であったフレデリックとその妃であるオーガスタがこの宮殿に住み始めたところからキュー・ガーデンズは始まったと言われます。
1759年にオーガスタがここで植物園の建造を開始し、1771年以降、プランツ・ハンターであるジョゼフ・バンクスの指導の元に園芸研究の一大中心拠点となりました。
この植物園の造園には、ウィリアム・ケント、ランスロット・ブラウン、ウィリアム・チェンバースといった英国庭園史にその名を残す、そうそうたるメンバーが関わりました。そしてその後、国に寄贈されています。
さて、キュー・パレス。

赤レンガ造りの小さな館でした。
そして、その裏手のクイーンズ・ガーデンは、これまで見てきたキューのガーデンとはまったく趣を異にした、整形式庭園でした。


美しく刈り整えられた生垣の間を抜けて、その裏手に出れば、

そこはサンクン(沈降)スタイルのハーブ・ガーデンとなっていて、
可愛らしいレンガ・ベンチの周囲にも、初夏の花が咲き乱れておりました。

次回はいよいよ麗しのコッツ・ウォルズ
ヒドコート・マナーとキフツゲート・コートの二大庭園を巡ります。
昨年の英国立キュー植物園は‘樹の祭典の年’

サブテーマは、Explore the Treetops
樹冠の探検…
実際に、とてつもなく高い空中の遊歩道が建造され、巨木たちのさらに頭上を散歩しながら樹の上の様子を観察できるようにしたり、

逆に地中に潜った地下施設の中で地中の様子を観察したり、tree Listening と称して樹の幹に繋がったヘッドホンを耳に当てて樹の音を聴いたり、ゲート前にはオークの倒木が展示してあったり、屋外で写真展を開催していたりと、さまざまな企画で一杯でした。
申し訳ありません。
前回で述べたような方針を固めてしまったわたしは、それらの写真をまったく残していませんでした。残念!
でも、どれも余すことなく堪能しました。
では、英国人の大好きなウッドランドの様子です。

森を愛するが故に、自宅の庭にその森を再現しようとしたのが風景式庭園としてのイングリッシュ・ガーデンの起源なのでしょうね。

それは一大土木工事であったろうと思われます。

さて、ここから先はキューの各所で見つけた素敵な樹木たちを楽しんで頂きます。
コメントを差し挟みたくとも、広大な敷地を歩き回ることに忙しく、個々の樹木の名前とか調べるヒマがとうとう無かったので、ここは流します。

あ、ただひと言付け加えておきます。
こうしてみると、森は緑……ではありませんね。本当に様々な葉色の樹が、バランス良く配置されていると思いました。


枝垂れ──ペンデュラ・タイプの巨木ともたくさん出会いました。地面を撫でるように垂れ下がった枝の太さには驚きです。

これは日本でもおなじみになった西洋ブナのパープレアですね。
それにしても巨大です。

半端でない木陰に入って、ベンチでひと休み。
この日も暑くなりました。

この時期のイギリスは至る所で、トチの花が満開でした。

これは地中海エリアの様子。
黄色い花は、今にしてみればアカシアのフロリバンダですね。

こんな樹や、

こんな樹もありました。

そして、最後にキュー・パレス。
これは他のエリアとは一線を画した、なかなか魅力的な場所でした。
もともと、1730年にジョージⅡ世の皇太子であったフレデリックとその妃であるオーガスタがこの宮殿に住み始めたところからキュー・ガーデンズは始まったと言われます。
1759年にオーガスタがここで植物園の建造を開始し、1771年以降、プランツ・ハンターであるジョゼフ・バンクスの指導の元に園芸研究の一大中心拠点となりました。
この植物園の造園には、ウィリアム・ケント、ランスロット・ブラウン、ウィリアム・チェンバースといった英国庭園史にその名を残す、そうそうたるメンバーが関わりました。そしてその後、国に寄贈されています。
さて、キュー・パレス。

赤レンガ造りの小さな館でした。
そして、その裏手のクイーンズ・ガーデンは、これまで見てきたキューのガーデンとはまったく趣を異にした、整形式庭園でした。


美しく刈り整えられた生垣の間を抜けて、その裏手に出れば、

そこはサンクン(沈降)スタイルのハーブ・ガーデンとなっていて、
可愛らしいレンガ・ベンチの周囲にも、初夏の花が咲き乱れておりました。

次回はいよいよ麗しのコッツ・ウォルズ

ヒドコート・マナーとキフツゲート・コートの二大庭園を巡ります。
キュー・ガーデンズⅠ~イングリッシュ・ガーデンの旅 05
テーマ:イングリッシュガーデン
2009/11/20 06:16
さて、イギリスの旅の3日目はロンドン地下鉄に乗り、王立キュー植物園をめぐる旅です。
先ほどまでわたしは、そこで撮ってきた膨大な量の写真を前に、これをどういった切り口で紹介していけば良いのか、途方に暮れていたところでした。
で、それは昨年6月22日の朝、キュー・ガーデンズ駅から最寄りとなるヴィクトリア・ゲートをくぐったわたしが抱いた感慨と、とても良く似ています。
この広大で、とりとめがなく雑多で、どうしようもなく有名な世界遺産の植物園を、たった一日で消化・吸収するにはいったいどういう周り方をして、何をどう見れば良いのか

目の前にはヴィクトリア時代に建造された大温室パーム・ハウスが、その巨大な姿を現していました。
ここにはイギリス園芸史に名を残してきた歴代のプランツ・ハンターたちが、世界中から収集してきた熱帯植物たちがもちろん今も生きたまま収められています。

さらにこの植物園には、バラを原種から順に辿れるというローズ・ガーデン、もっとも古くて250年の齢を数える巨木たちを始め4万種以上の植物が育てられています。さらには650万種の標本を収蔵すると同時に、1730年の植物園のスタートよりさらに1世紀ちかく古い歴史を持つキュー宮殿や、シャーロット王女のコテージも存在します。
で、途方に暮れたわたしが決めたのは、とにかく植物園であったにしても、個々の植物にとらわれることなく、ガーデンとしての美しい景色を写真にしていこう、そのような視点でひとつひとつのエリアを俯瞰していこう、ということでした。
その上でさらに時間の余裕ができたら、個々の植物ひとつひとつを写真に納めていくつもりでした。
ですからやはりここでも、風景として美しいキューを紹介していこうと思います。
ヴィクトリア・ゲートからパーム・ハウスを左手に見て北に向かうと、小さなウッドランド・ガーデンがあり、その中央にアイオロスの丘があります。アイオロス、ギリシア神話に登場する風の神です。

最初に訪問したのは、その丘の下に拡がるバラのアーチとナーセリー、ハーブ・ガーデンや・ベジタブル・ガーデンなどがまとまったエリアです。
まずは丘の麓を巡ると宿根草を中心としたボーダーには、デルフィニウムやユーフォルビア、アルケミラ・モリスなどが競うように咲き誇っていました。


バラのアーチは連載の初回で紹介しましたので、まずはハーブ・ガーデン。

ベジタブル・ガーデン。

そして、グラス・ガーデン。

その先のデュークズ・ガーデンの由来は分かりませんが、美しいボーダーでした。Dukeさんを記念して作ったか、Dukeさんその人が作ったか…

そして、魅惑のロック・ガーデン!
数々の植物を展示しながらも、その全体像の美しさは見事でした。
もちろん、ここにはその後も何度か戻ってきて、乾燥や暑さに強い植物のリストを作るためアップの写真をシャカシャカ撮りました。



以上、全体で121万m2あると言われるキュー・ガーデンズのうちの、およそ20分の1ほどのエリアのご紹介でしたが、でも、やはりこのあたりがもっとも凝縮された、見応えのあるエリアだろうと思います。
ここで少し余談です。
ケンジントンのホテルは2人で1部屋を使っていましたが、同室の男性が佐野契さん。建築家でいらっしゃいます。
部屋で過ごす時間はさほど長くはありませんでしたが、その短いながらもいろいろと語り明かした濃厚な時間の話題は、当然ながらガーデンと建築でした。
自由時間のほとんどをロンドンの古い建物の見学に充てている佐野さんからは、様々な建築様式についてレクチャーを受けました。ゴシック様式、チュダー朝様式、ネオ・ゴシック、ヴィクトリア朝様式…

一方、わたしはイギリス滞在中ずっと「森と庭園の英国史」という遠山茂樹さんによる著作を読み続けていて、特にこの頃はこのキューの歴史の項を読んでいた最中でしたので、ここのヴィクトリア朝様式建造物であるパーム・ハウスやその他のグラス・ハウスの数々については共通した話題となりました。
これらの美しい建造物群がなければ、世界の植物史はまるで違ったものになっていたに違い有りませんでしたし、キューがもっともいまその卓越した力を発揮している分野、植物の種の保存にも影響を与えたに違い有りません。

そして、この日の話題は1846年、このキューにもたらされたヴィクトリア・レギア…オオオニバスでした。
幾度も試みながらその花がようやく開花したのは1849年のことだと言われています。
午前中、二人は別々にその小さな子供なら楽に乗ることの出来るという巨大ハスの在処を探していたのでした。
パーム・ハウス、テンペレート・ハウスの他にもキューには大小様々なグラス・ハウスが存在しました。ですが、その中をくまなく探してもオオオニバスは発見できませんでした。

ランチの際に佐野さんと再会したわたしは、情報交換しました。
そして「森と庭園の英国史」の中に、ジョゼフ・パクストンがこの植物のために新型の温室を作ったという記述を発見しました。
そして、それはパーム・ハウスから少し離れて森の中に、ひっそりと建っていました。
ウォーターリリー・ハウスと呼ばれる建物の中に、オオオニバスは今もしっかりと生きていたのです。

他のハスたちは美しい花を咲かせていましたが、残念ながらオオオニバスはまだつぼみがほのかに色づき始めた頃でした。
いえいえ、贅沢は申しますまい。
その巨大な葉との出会いは、わたしに十分な感動を与えてくれたのですから。

さて、次回は広大なウッドランドに飛び出して、キュー・ガーデンズの主役たる樹木たちを見て回りましょうか。
先ほどまでわたしは、そこで撮ってきた膨大な量の写真を前に、これをどういった切り口で紹介していけば良いのか、途方に暮れていたところでした。
で、それは昨年6月22日の朝、キュー・ガーデンズ駅から最寄りとなるヴィクトリア・ゲートをくぐったわたしが抱いた感慨と、とても良く似ています。
この広大で、とりとめがなく雑多で、どうしようもなく有名な世界遺産の植物園を、たった一日で消化・吸収するにはいったいどういう周り方をして、何をどう見れば良いのか


目の前にはヴィクトリア時代に建造された大温室パーム・ハウスが、その巨大な姿を現していました。
ここにはイギリス園芸史に名を残してきた歴代のプランツ・ハンターたちが、世界中から収集してきた熱帯植物たちがもちろん今も生きたまま収められています。

さらにこの植物園には、バラを原種から順に辿れるというローズ・ガーデン、もっとも古くて250年の齢を数える巨木たちを始め4万種以上の植物が育てられています。さらには650万種の標本を収蔵すると同時に、1730年の植物園のスタートよりさらに1世紀ちかく古い歴史を持つキュー宮殿や、シャーロット王女のコテージも存在します。
で、途方に暮れたわたしが決めたのは、とにかく植物園であったにしても、個々の植物にとらわれることなく、ガーデンとしての美しい景色を写真にしていこう、そのような視点でひとつひとつのエリアを俯瞰していこう、ということでした。
その上でさらに時間の余裕ができたら、個々の植物ひとつひとつを写真に納めていくつもりでした。
ですからやはりここでも、風景として美しいキューを紹介していこうと思います。
ヴィクトリア・ゲートからパーム・ハウスを左手に見て北に向かうと、小さなウッドランド・ガーデンがあり、その中央にアイオロスの丘があります。アイオロス、ギリシア神話に登場する風の神です。

最初に訪問したのは、その丘の下に拡がるバラのアーチとナーセリー、ハーブ・ガーデンや・ベジタブル・ガーデンなどがまとまったエリアです。
まずは丘の麓を巡ると宿根草を中心としたボーダーには、デルフィニウムやユーフォルビア、アルケミラ・モリスなどが競うように咲き誇っていました。


バラのアーチは連載の初回で紹介しましたので、まずはハーブ・ガーデン。

ベジタブル・ガーデン。

そして、グラス・ガーデン。

その先のデュークズ・ガーデンの由来は分かりませんが、美しいボーダーでした。Dukeさんを記念して作ったか、Dukeさんその人が作ったか…

そして、魅惑のロック・ガーデン!
数々の植物を展示しながらも、その全体像の美しさは見事でした。
もちろん、ここにはその後も何度か戻ってきて、乾燥や暑さに強い植物のリストを作るためアップの写真をシャカシャカ撮りました。



以上、全体で121万m2あると言われるキュー・ガーデンズのうちの、およそ20分の1ほどのエリアのご紹介でしたが、でも、やはりこのあたりがもっとも凝縮された、見応えのあるエリアだろうと思います。
ここで少し余談です。
ケンジントンのホテルは2人で1部屋を使っていましたが、同室の男性が佐野契さん。建築家でいらっしゃいます。
部屋で過ごす時間はさほど長くはありませんでしたが、その短いながらもいろいろと語り明かした濃厚な時間の話題は、当然ながらガーデンと建築でした。
自由時間のほとんどをロンドンの古い建物の見学に充てている佐野さんからは、様々な建築様式についてレクチャーを受けました。ゴシック様式、チュダー朝様式、ネオ・ゴシック、ヴィクトリア朝様式…

一方、わたしはイギリス滞在中ずっと「森と庭園の英国史」という遠山茂樹さんによる著作を読み続けていて、特にこの頃はこのキューの歴史の項を読んでいた最中でしたので、ここのヴィクトリア朝様式建造物であるパーム・ハウスやその他のグラス・ハウスの数々については共通した話題となりました。
これらの美しい建造物群がなければ、世界の植物史はまるで違ったものになっていたに違い有りませんでしたし、キューがもっともいまその卓越した力を発揮している分野、植物の種の保存にも影響を与えたに違い有りません。

そして、この日の話題は1846年、このキューにもたらされたヴィクトリア・レギア…オオオニバスでした。
幾度も試みながらその花がようやく開花したのは1849年のことだと言われています。
午前中、二人は別々にその小さな子供なら楽に乗ることの出来るという巨大ハスの在処を探していたのでした。
パーム・ハウス、テンペレート・ハウスの他にもキューには大小様々なグラス・ハウスが存在しました。ですが、その中をくまなく探してもオオオニバスは発見できませんでした。

ランチの際に佐野さんと再会したわたしは、情報交換しました。
そして「森と庭園の英国史」の中に、ジョゼフ・パクストンがこの植物のために新型の温室を作ったという記述を発見しました。
そして、それはパーム・ハウスから少し離れて森の中に、ひっそりと建っていました。
ウォーターリリー・ハウスと呼ばれる建物の中に、オオオニバスは今もしっかりと生きていたのです。

他のハスたちは美しい花を咲かせていましたが、残念ながらオオオニバスはまだつぼみがほのかに色づき始めた頃でした。
いえいえ、贅沢は申しますまい。
その巨大な葉との出会いは、わたしに十分な感動を与えてくれたのですから。

さて、次回は広大なウッドランドに飛び出して、キュー・ガーデンズの主役たる樹木たちを見て回りましょうか。
リージェンツ・パークⅡ+おまけ~イングリッシュ・ガーデンの旅 04
テーマ:イングリッシュガーデン
2009/11/18 06:31

さて、クリーン・メアリーズ・ガーデンのバラ園を、引き続きご案内していきます。

コメントは無用とか前回書きましたが、商売柄ついつい余計なことを考えてしまいます。
うーん。
たとえば、このようなバラの見せ方について。

ベンチのポジションは座ってみれば分かるのですが、ローズ・ガーデンを見渡せて、かつ、いろいろなバラの色を重ねて眺めることのできる絶妙な位置になっています。
さらに、お互いの存在が気にならないよう、ベンチに座る者同士の視線はしっかりと遮られています。
そして、そのベンチ自体がこのように素敵なフォーカル・ポイントになっているのですね。

さらにクライマー・ローズの絡んだロープがそのベンチとベンチを幾重にも結び、ひとつひとつのベンチを断片的に孤立させることなく、同時にひとつの結ばれた世界を周囲から浮かび上がらせています。
そう。
結界ですね。

もちろん、その外にも別の美しい世界が拡がる、素敵な結界です。

さて、クイーンズ・メアリー・ガーデンのバラ園を後にして、リージェンツ・パークを東に向かいますと、公園を南北にまっすぐ貫くブロード・ウォークに突き当たります。
その先に拡がるのが広大な風景式庭園。
公園の標示に「イングリッシュ・ガーデン」とある、広い芝地に丘や池の点在する英国の自然を切り取ったガーデンです。


そして、ブロード・ウォークに戻れば、広い通りに沿って展開するボーダーと装飾花壇とモニュメントの連続!
アベニュー・ガーデンをそこでは楽しむことが出来ました。


こちらでは折しも大がかりなメンテナンスの真っ最中。
それもほとんど終わりかけの、とてもフレッシュな植物たちを見学することが出来ました。

こうした景色が南北約1キロに及ぶブロード・ウォークの左右に展開するのですから、徳田先生が旅行の最中に何度も口にされた、
「国力の違い、文化の差」
を思わずにはいられませんでした。
うーん、いや。
負けてなるものか



この日はこの後、公園内のレストランに集合し、
(このレストランの庭もなかなか素敵なものでした)

オックスフォード・サーカスからピカデリー・サーカスに移動(市街地には興味ないのでコメントは無しです)、
コヴェント・ガーデン(もとウェストミンスター修道院の菜園、今はショッピング・センター)で早めの夕飯を食べて解散し、
わたしはグリーン・パークからセント・ジェームズ・パークを、途中のバッキンガム宮殿やビッグ・ベンを尻目に延々と歩き続け、公園の花壇や植え込みをたっぷりと堪能しました。
例えば、こんな景色。…これが21時少し前のセント・ジェームズ・パークです。
以上、おまけでした。


23時頃にホテルに戻ったわたしがもちろんその後、近くのストアで買い込んだビールもしこたま堪能したのは言うまでもありません。