固有種ニホンイシガメの保全プロジェクト~つづき
テーマ:自然・生態系
2013/02/26 05:36
先日の調査の際の写真を、スタッフの方から届けていただきました。
自分ではなかなか撮れなかったカメたちの捕獲状況、ほかです。
が、それよりもこのブログで伝えたかったのはそこに添えていただいたメッセージでした。
タヌキやアライグマたちは、確かに数少なくなったイシガメたちにとっての驚異でしょう。
人間がそれと知らず行った開発行為が、彼らの生存を脅かすこともあるかもしれません。
けれど今回知らされた人間たちの行為は、もっと悪意と欲に満ちたものです。
それをここで告発することが、結局カメたちの商品価値を世間に知らしめ、そのことでさらに彼らを危険にさらす事になるかも知れません。
だから、やはり多くは書きません。
でも、それはやはりおかしいですよね。
大切なものたちを守ろうという呼びかけが、結果的に大切なものたちを危険にさらすなんて…
東北の被災地で様々な体験をさせていただき、その中で身に染みて感じたことが有ります。
善意は必ず多くの善意を集めます。
善意が寄り添い合って必ず大きな力を生むことを、今回さまざまな場面で実感することが出来ました。
そんなときはともすれば、この世の中は善意に満ちあふれているのではないかと思ったものですが、勿論それは幻想です。
善意は善意を呼びますが、同時に悪意をも招きます。というより、悪意はどんな場面にでも常に現れるものなのでしょう。
悲しいことです。
但行礼拝(たんぎょうらいはい)。
かつてインド、ラジギールの日本寺にお世話になった際、そこで学んだ法華経の教えです。
それはただひたすら、無条件に拝み続けるという行です。
どのような扱いを受けてもただひたすら伏し拝むことで、相手のうちの仏性を呼び起こせるという教えです。
マハトマ・ガンディー師もこの仏教の教えに触れたと言われていますから、師の無抵抗不服従闘争の根幹にはこのことが関係していたのかも知れません。
話をカメに戻します。
いやカメに限らないことでもありますが、悪意や欲に基づいて事を為そうとする者をただ糾弾したところで、その根までもが絶てるものではありません。
人の内の善意を呼び起こすものは、つまるところ批判や罰ではなく、善意以外の何ものでも無いということ。
心からカメたちをいとおしく思う人々の温かい心と行為無しでは、彼らの保全は実現しないと思うし、どれほどの優れた制度も充分な力を発揮できないと思います。
だから…
カメネットワークジャパンのみなさん。
和亀保護の会のみなさん。
生態工房のみなさん。
日本自然保護協会のみなさん。
その他、生き物と生き物たちの営みと生き物たちを取り巻く環境を大切に思う、すべてのみなさん。
心から応援し、出来る限りのお手伝いをしたいと思います。
固有種ニホンイシガメの保全プロジェクト~千葉県君津市~2/16,17
テーマ:自然・生態系
2013/02/19 05:52
アースウォッチ・ジャパンの今年最初のプロジェクトに参加しました。
調査地である君津は「江戸時代より続く伝統的な集落が維持する水田地帯」なのだそうです。そこでは伝統的な用水路の水位調整が為され、そのことで固有種であるニホンイシガメを育んできました。
今回の調査はかねてからこの場所でニホンイシガメを継続的に調査してきた研究員の皆さんの呼びかけに応じ、2005年に施工された河川の護岸工事と、昨年完成した水田を分断する道路工事による環境改変が、カメたちにどのような影響を与えたか明らかにすることを目的とします。
仕事を手伝って貰っているSさんに何気なく誘いの言葉を掛けたところ、彼が実はとんでもないカメマニアであることがあきらかになり、もはや迷うことなく調査参加を志願したのでした。
集合場所の君津駅まで、わが家からはクルマと電車で4時間半。出発は3時半でした。
東北の調査の時とたいして変わらないというのが驚きです。
これが2005年に開通したという調査地ちかくの橋。K川に掛かる橋です。K川の歴史については昼休み、昼食を食べながらその歴史についてレクチャーを受けました。
調査チームの構成ですが、ボランティアのわれわれ市民調査員が5名。
調査の主体となるNPO法人カメネットワークジャパンの皆さん、関連団体や研究機関の皆さんが初日5名、2日目6名。男女比はやや男性が多め、といったところでしょうか?
腰まで川に浸かり、泥の中に手を突っ込んでの調査となるため、胴長と長手袋を装着します。
初日は特に風が強く、しかもそれがとても冷たい風でした。
ただ、前日までが雨で終了後の月曜日も曇りのち雨の天気でしたから、つかの間の晴れを調査に充てられたのはやはり幸いと言うべきでしょうね。
調査地の川に向かって出発です。
川に入りさえすれば両岸を土手に囲まれているため、強い風にさらされることは有りませんが、この移動が一番辛かったかもしれません。
川に降ります。
見ての通りかつての護岸杭が今では朽ち果てています。水田の間を縫う用水の役割を果たす小川ですが、投げ捨てられたゴミも少なくはありません。
冬の今は用水としての役目が無い為水位が下げられ、下がったことで生まれた土手の横手にカメたちは潜り込んで冬を越すのだそうです。
それをこのように人海戦術のローラー作戦で、手探りにすべてのカメを捕獲していくというのが、今回の調査です。
捕獲したカメたちはすべてナンバリングし、測定して大きさや年齢、性別、特徴などを記録して、もとの場所に還していきます。
固有種のカメたちがほんとうに減少しているのか、外来生物がどの程度侵入しているのか、それがどういった影響を与えているのか、そうしたデータを蓄積して里山の現状を明らかにし、固有種であるニホンイシガメの保全に役立てていくのが、この調査の意義とのこと。
調査開始!
以後、長手袋をつけて調査に没頭するわたしに写真が撮れる訳が無く…
それでも時折はこうして、
同行したSさんの収穫をカメラに納める程度の余裕はありました。
これは2日目の最後の頃ですが、一箇所で8匹という大量捕獲をしたSさんの腕の中です。
この、
一番元気なやつがニホンイシガメ。
聞くのを忘れましたが2歳くらいだったのでしょうか?
他はすべてクサガメです。
そう。
捕獲したほとんどはクサガメで、実はなかなかニホンイシガメを見つけるのは困難なことでした。
これが初日に私が捕獲したすべてです。
クサガメが5匹。
Sさんはさすがに優秀で10匹でしたが、それでもやはりクサガメだけ。
初日は全体でも少なくて28匹。
うち、ニホンイシガメは1匹だけでした。
が、そいつが実は、
とてもやんちゃな1歳児だったのでした。
かなり、かわいい。
年々数を減らしているように思われるニホンイシガメに、新しい世代が生まれている!
それがとても喜ばしいことであると、その日さんざん苦労してとうとう一匹も見つけられなかったわたし達には、しみじみ実感として分かるのでした。
それでも2日目になると一気に捕獲量が増えます。
先ほどのSさんが発見したように、一箇所にまとまって潜んでいたりして、まとまった量を一気に捕らえることが各所で出来ました。土手に草が生い茂ったり、川の中の堆積物が増したり、カメたちにとって居心地の良い場所が増えてきたせいなのでしょう。わたしもこの、
年齢不詳(おそらく7歳か8歳か)の大きなニホンイシガメ1匹を含めて(ついでに外来種のミシシッピアカミミガメ、つまりはミドリガメ1匹も含めて)、17匹を捕獲できました。
全体でも74匹。うち、ニホンイシガメは5匹です。
われわれがその中で多くを捕獲できたのは先行して先を進んだからに他なりません。
研究者の皆さんはわれわれが荒らした後から、それでもかなりの取りこぼしを拾い集められました。さすがと言うよりありません。
1日分の捕獲を終えると、いったん基地に戻って捕獲したカメたちの計測に入ります。
甲羅の縞を数えて年齢を測定し、ノギスで大きさを測って記録し、
写真撮影をします。
その間、部屋の暖かさで目覚めた何匹かは、
元気に歩き出します。
冬眠中とはいえ川の中の浅いところで眠る彼らは、気温や水温の変化に応じていったん起きては場所を移動させたりするのだそうで、ここで目覚めた彼らも川に戻せばまた、すぐ眠りにつくのだそうです。
調査はこのあと3月にも行われ、今回の調査の最後の場所から再開して、全長1.5kmの区間をカバーするのだそうです。
今回の捕獲量はどうも例年の前半調査より多いらしく、そのうちでも新しく発見された若いカメが多かったというのが、なかなか明るい成果だったのだそうです。
カメたちを川に帰しに行きました。
この川での調査期間中、かつて調査区間の全域で大量のカメの死体が発見された年が有ったのだそうです。
生きて発見されたカメからも外傷や欠損が見つかり、どうやら何らかの動物により捕食されたのではないかとい推定が為され、その後の調査でタヌキやアライグマがどうも犯人らしいというところまで、確認されたようです。
ここ数年の調査では大規模な被害は確認されておらず、以前は見つかったそうした獣の足跡なども今回はわずか一箇所、タヌキらしきもの(犬との判別は難しいのだとか)が見つかっただけで、それもまた何よりのことでした。
ただ、その後クサガメの数は着実に回復しているなか、ニホンイシガメの数は今回の発見数でも分かるとおり決して増加はしていないのだそうです。2種の交雑も記録されていると言うことで、今後固有種であるニホンイシガメの保全には各機関あげての協力が必要となってくることでしょう。
幸い、新橋建設に伴う護岸工事や道路工事など人的な環境改変が、カメたちに明確なダメージを与えたというデータは発見されていないようで、今後はやはり今回も発見された外来生物(アライグマもそうですが)であるミシシッピアカミミガメやブラックバス、ここでは未発見ながら周辺では確認されているカミツキガメなどによる影響に注意を払いつつ、速やかに対応していく必要があるのだと思います。
現在の時点で、おそらく貴重と言える大量の幼い命たちを育てる環境は残されている訳で、そうであるなら今後も彼らを健やかに育てていく責任は、間違いなくわれわれにあるのだと思います。われわれの生きる時代に彼らの生息数が減少していくのだとしたら、それはもう申し開きの出来ないことでしょう。
昨年の東日本グリーン復興モニタリングプロジェクトもそうでしたが、今回の経験もとても貴重なものでした。
素敵な研究者の方々と知り合い、その貴重な知見に触れ、温かい人柄にも触れ、加えて魅力的な生き物たちの生態を知ることが出来ました。
ことしもアースウォッチ・ジャパンは様々な生態系や自然保全に関するプロジェクトを予定しているようです。
もちろん、東日本グリーン復興モニタリングプロジェクトの田んぼや干潟の調査も…
どこかでご一緒できれば、嬉しいですね。
よろしければ、ホームページもご覧下さい。
http://www.yui-garden.com/
調査地である君津は「江戸時代より続く伝統的な集落が維持する水田地帯」なのだそうです。そこでは伝統的な用水路の水位調整が為され、そのことで固有種であるニホンイシガメを育んできました。
今回の調査はかねてからこの場所でニホンイシガメを継続的に調査してきた研究員の皆さんの呼びかけに応じ、2005年に施工された河川の護岸工事と、昨年完成した水田を分断する道路工事による環境改変が、カメたちにどのような影響を与えたか明らかにすることを目的とします。
仕事を手伝って貰っているSさんに何気なく誘いの言葉を掛けたところ、彼が実はとんでもないカメマニアであることがあきらかになり、もはや迷うことなく調査参加を志願したのでした。
集合場所の君津駅まで、わが家からはクルマと電車で4時間半。出発は3時半でした。
東北の調査の時とたいして変わらないというのが驚きです。
これが2005年に開通したという調査地ちかくの橋。K川に掛かる橋です。K川の歴史については昼休み、昼食を食べながらその歴史についてレクチャーを受けました。
調査チームの構成ですが、ボランティアのわれわれ市民調査員が5名。
調査の主体となるNPO法人カメネットワークジャパンの皆さん、関連団体や研究機関の皆さんが初日5名、2日目6名。男女比はやや男性が多め、といったところでしょうか?
腰まで川に浸かり、泥の中に手を突っ込んでの調査となるため、胴長と長手袋を装着します。
初日は特に風が強く、しかもそれがとても冷たい風でした。
ただ、前日までが雨で終了後の月曜日も曇りのち雨の天気でしたから、つかの間の晴れを調査に充てられたのはやはり幸いと言うべきでしょうね。
調査地の川に向かって出発です。
川に入りさえすれば両岸を土手に囲まれているため、強い風にさらされることは有りませんが、この移動が一番辛かったかもしれません。
川に降ります。
見ての通りかつての護岸杭が今では朽ち果てています。水田の間を縫う用水の役割を果たす小川ですが、投げ捨てられたゴミも少なくはありません。
冬の今は用水としての役目が無い為水位が下げられ、下がったことで生まれた土手の横手にカメたちは潜り込んで冬を越すのだそうです。
それをこのように人海戦術のローラー作戦で、手探りにすべてのカメを捕獲していくというのが、今回の調査です。
捕獲したカメたちはすべてナンバリングし、測定して大きさや年齢、性別、特徴などを記録して、もとの場所に還していきます。
固有種のカメたちがほんとうに減少しているのか、外来生物がどの程度侵入しているのか、それがどういった影響を与えているのか、そうしたデータを蓄積して里山の現状を明らかにし、固有種であるニホンイシガメの保全に役立てていくのが、この調査の意義とのこと。
調査開始!
以後、長手袋をつけて調査に没頭するわたしに写真が撮れる訳が無く…
それでも時折はこうして、
同行したSさんの収穫をカメラに納める程度の余裕はありました。
これは2日目の最後の頃ですが、一箇所で8匹という大量捕獲をしたSさんの腕の中です。
この、
一番元気なやつがニホンイシガメ。
聞くのを忘れましたが2歳くらいだったのでしょうか?
他はすべてクサガメです。
そう。
捕獲したほとんどはクサガメで、実はなかなかニホンイシガメを見つけるのは困難なことでした。
これが初日に私が捕獲したすべてです。
クサガメが5匹。
Sさんはさすがに優秀で10匹でしたが、それでもやはりクサガメだけ。
初日は全体でも少なくて28匹。
うち、ニホンイシガメは1匹だけでした。
が、そいつが実は、
とてもやんちゃな1歳児だったのでした。
かなり、かわいい。
年々数を減らしているように思われるニホンイシガメに、新しい世代が生まれている!
それがとても喜ばしいことであると、その日さんざん苦労してとうとう一匹も見つけられなかったわたし達には、しみじみ実感として分かるのでした。
それでも2日目になると一気に捕獲量が増えます。
先ほどのSさんが発見したように、一箇所にまとまって潜んでいたりして、まとまった量を一気に捕らえることが各所で出来ました。土手に草が生い茂ったり、川の中の堆積物が増したり、カメたちにとって居心地の良い場所が増えてきたせいなのでしょう。わたしもこの、
年齢不詳(おそらく7歳か8歳か)の大きなニホンイシガメ1匹を含めて(ついでに外来種のミシシッピアカミミガメ、つまりはミドリガメ1匹も含めて)、17匹を捕獲できました。
全体でも74匹。うち、ニホンイシガメは5匹です。
われわれがその中で多くを捕獲できたのは先行して先を進んだからに他なりません。
研究者の皆さんはわれわれが荒らした後から、それでもかなりの取りこぼしを拾い集められました。さすがと言うよりありません。
1日分の捕獲を終えると、いったん基地に戻って捕獲したカメたちの計測に入ります。
甲羅の縞を数えて年齢を測定し、ノギスで大きさを測って記録し、
写真撮影をします。
その間、部屋の暖かさで目覚めた何匹かは、
元気に歩き出します。
冬眠中とはいえ川の中の浅いところで眠る彼らは、気温や水温の変化に応じていったん起きては場所を移動させたりするのだそうで、ここで目覚めた彼らも川に戻せばまた、すぐ眠りにつくのだそうです。
調査はこのあと3月にも行われ、今回の調査の最後の場所から再開して、全長1.5kmの区間をカバーするのだそうです。
今回の捕獲量はどうも例年の前半調査より多いらしく、そのうちでも新しく発見された若いカメが多かったというのが、なかなか明るい成果だったのだそうです。
カメたちを川に帰しに行きました。
この川での調査期間中、かつて調査区間の全域で大量のカメの死体が発見された年が有ったのだそうです。
生きて発見されたカメからも外傷や欠損が見つかり、どうやら何らかの動物により捕食されたのではないかとい推定が為され、その後の調査でタヌキやアライグマがどうも犯人らしいというところまで、確認されたようです。
ここ数年の調査では大規模な被害は確認されておらず、以前は見つかったそうした獣の足跡なども今回はわずか一箇所、タヌキらしきもの(犬との判別は難しいのだとか)が見つかっただけで、それもまた何よりのことでした。
ただ、その後クサガメの数は着実に回復しているなか、ニホンイシガメの数は今回の発見数でも分かるとおり決して増加はしていないのだそうです。2種の交雑も記録されていると言うことで、今後固有種であるニホンイシガメの保全には各機関あげての協力が必要となってくることでしょう。
幸い、新橋建設に伴う護岸工事や道路工事など人的な環境改変が、カメたちに明確なダメージを与えたというデータは発見されていないようで、今後はやはり今回も発見された外来生物(アライグマもそうですが)であるミシシッピアカミミガメやブラックバス、ここでは未発見ながら周辺では確認されているカミツキガメなどによる影響に注意を払いつつ、速やかに対応していく必要があるのだと思います。
現在の時点で、おそらく貴重と言える大量の幼い命たちを育てる環境は残されている訳で、そうであるなら今後も彼らを健やかに育てていく責任は、間違いなくわれわれにあるのだと思います。われわれの生きる時代に彼らの生息数が減少していくのだとしたら、それはもう申し開きの出来ないことでしょう。
昨年の東日本グリーン復興モニタリングプロジェクトもそうでしたが、今回の経験もとても貴重なものでした。
素敵な研究者の方々と知り合い、その貴重な知見に触れ、温かい人柄にも触れ、加えて魅力的な生き物たちの生態を知ることが出来ました。
ことしもアースウォッチ・ジャパンは様々な生態系や自然保全に関するプロジェクトを予定しているようです。
もちろん、東日本グリーン復興モニタリングプロジェクトの田んぼや干潟の調査も…
どこかでご一緒できれば、嬉しいですね。
よろしければ、ホームページもご覧下さい。
http://www.yui-garden.com/
冬の京都を訪ねる ~南禅寺界隈散策 2013.01.29-30~
テーマ:たび
2013/02/06 20:42
先日の京都研修の際のこと。
初日は7時半には京都に入ることが出来ました。
研修開始が13時。その前に桂離宮の参観予約をしておいたのですが、それが10時。
2時間ほどの時間がありました。
寺社庭園の拝観はこの時期早くても9時からですので、その時間は南禅寺界隈の散策に充てることとしました。
これまでも何度か訪れた京都の旅の起点は、たいていがこの辺りでした。
南禅寺の方丈庭園や未見の天授庵庭園、金地院庭園、無鄰庵の庭園、足を伸ばせば平安神宮の神苑も有るし、この辺りから琵琶湖疎水をたどる哲学の道の先には銀閣寺の庭園があります。
冬の京都で楽しみの一つは、苔の美しさでしょうか。
葉を落とした落葉樹の林の、木立の間をほとんど真横から差し込むようにして流れ込む陽の光が、思わぬ陰影を生んでそれはとても美しいものだと、一昨年の冬1月、西芳寺の庭園を訪ねたときに知りました。
が、この日の京都は曇り空でした。
だから、寒い。
戻ってから、やはり京都をこよなく愛するお客さまと話す機会があって、それでも京都の冬の寒さはこちらの寒さとどこか違うものがあるという話になりました。
冬も苔の美しい京都の空気は、おそらくとても湿潤なのではないかと思います。
だから乾ききった関東の刺すような寒さではなく、どこか丸みのある、ものの香りを運ぶことの出来る大気の冷たさなのでしょう。
今回は時間だけはたっぷりあるので、水路閣の上に登って、
琵琶湖疎水を遡ることにしました。
水路は東山の中腹、石垣の上を流れていますので、眼下には南禅寺の塔頭やその庭園、墓地も見下ろすことが出来ます。ただ、手すりも何も無いので、やや危険。
その突然開けた視野いっぱいに、とても広大な、苔と樹々に覆われた池泉回遊式庭園が見えました。
天授庵の庭園かと思いましたが規模がとても大きく、後にこれが今は未公開の何有荘(かいうそう)庭園だと言うことが分かったのですが、このときは訳も分からず、その庭園に注ぎ込む水音を聴きながらその美しさを堪能したものでした。
水路沿いの道はやがて蹴上発電所を経て、インクラインへとつながります。
インクライン=傾斜鉄道は琵琶湖疎水工事の一環として、大津と京都を結ぶ舟運のうち高低差の大きな箇所に造られた舟を運ぶ鉄道なのだそうです。森見登美彦氏の小説にも登場します。
京都においては近代の遺産さえもどこか妖しげで哀しげで、そして美しい。
ここまでが初日の散策でした。
2日目。
昼までに研修を終えたわたしたちは、京都を出立する予定だった15時までのやはり2時間ほどの時間をいかに有効に活用するか考え…
結局は欲張らずに南禅寺まで戻って、初日に入園できなかった2つの庭を見学することにしました。
ひとつは天授庵。
南禅寺塔頭のひとつで南北時代の創建。
東側方丈前の枯山水の庭と、南側書院に面した池泉回遊式の庭園とに分かれています。
まずはその、方丈前の庭。
塀一枚隔てた向こうには南禅寺の巨大な三門がそびえ、そちらはそこそこ観光客で賑わうものの、天授庵のこちら側は静かなものでした。
細川幽斎の再建とありますので、こちらは江戸初期のしつらえでしょうか。
方丈を巡って路地門をくぐり、書院前の南庭に出ますとこちらは池泉回遊庭園。
こちらは南北朝時代の作庭という話ですが、
後の時代に大きく手を加えられているという話も聞きました。
寒空の下という事もありましたが、確かに時代を経た、古びた中にどこかに凜とした風情のある庭でした。
もう1ヶ所は再訪ながら、同行のS氏にぜひ見せたいと思っていた無鄰庵。
植治こと小川治兵衛と山形有朋による明治の庭です。
わたしも冬に訪れるのは初めてでした。
緑がとても濃かった夏の庭が印象的だった無鄰庵も、冬は人影さえまばらで淋しいものがありましたが、
やはりこの庭の魅力は、疎水の水をふんだんに使った流れの緩急でしょうか。
その辺りはちゃんとS氏にも伝わったらしく、今回訪ねた桂離宮を合せた3つの庭のうち、ここを一番気に入ってくれたようでした。
こちらこそ土塀一枚を隔てた向こう側は喧噪を極めた仁王門通りですから、この水の音に満たされた静謐な空間には、やはり得がたいものがありました。
短い訪問時間が何とも心残りで、次回はもう少し余裕をもって、出来ることならもう少し暖かい季節に…
再訪を誓って京都を後にしました。
遅い昼食は無鄰庵に隣接する喫茶「杉の子」。
これからの長距離ドライブが控えていますので、わたしは軽めのぶぶ漬けを頂いて、短い京都の旅を終えました。
よろしければ、ホームページもご覧下さい。
http://www.yui-garden.com/
初日は7時半には京都に入ることが出来ました。
研修開始が13時。その前に桂離宮の参観予約をしておいたのですが、それが10時。
2時間ほどの時間がありました。
寺社庭園の拝観はこの時期早くても9時からですので、その時間は南禅寺界隈の散策に充てることとしました。
これまでも何度か訪れた京都の旅の起点は、たいていがこの辺りでした。
南禅寺の方丈庭園や未見の天授庵庭園、金地院庭園、無鄰庵の庭園、足を伸ばせば平安神宮の神苑も有るし、この辺りから琵琶湖疎水をたどる哲学の道の先には銀閣寺の庭園があります。
冬の京都で楽しみの一つは、苔の美しさでしょうか。
葉を落とした落葉樹の林の、木立の間をほとんど真横から差し込むようにして流れ込む陽の光が、思わぬ陰影を生んでそれはとても美しいものだと、一昨年の冬1月、西芳寺の庭園を訪ねたときに知りました。
が、この日の京都は曇り空でした。
だから、寒い。
戻ってから、やはり京都をこよなく愛するお客さまと話す機会があって、それでも京都の冬の寒さはこちらの寒さとどこか違うものがあるという話になりました。
冬も苔の美しい京都の空気は、おそらくとても湿潤なのではないかと思います。
だから乾ききった関東の刺すような寒さではなく、どこか丸みのある、ものの香りを運ぶことの出来る大気の冷たさなのでしょう。
今回は時間だけはたっぷりあるので、水路閣の上に登って、
琵琶湖疎水を遡ることにしました。
水路は東山の中腹、石垣の上を流れていますので、眼下には南禅寺の塔頭やその庭園、墓地も見下ろすことが出来ます。ただ、手すりも何も無いので、やや危険。
その突然開けた視野いっぱいに、とても広大な、苔と樹々に覆われた池泉回遊式庭園が見えました。
天授庵の庭園かと思いましたが規模がとても大きく、後にこれが今は未公開の何有荘(かいうそう)庭園だと言うことが分かったのですが、このときは訳も分からず、その庭園に注ぎ込む水音を聴きながらその美しさを堪能したものでした。
水路沿いの道はやがて蹴上発電所を経て、インクラインへとつながります。
インクライン=傾斜鉄道は琵琶湖疎水工事の一環として、大津と京都を結ぶ舟運のうち高低差の大きな箇所に造られた舟を運ぶ鉄道なのだそうです。森見登美彦氏の小説にも登場します。
京都においては近代の遺産さえもどこか妖しげで哀しげで、そして美しい。
ここまでが初日の散策でした。
2日目。
昼までに研修を終えたわたしたちは、京都を出立する予定だった15時までのやはり2時間ほどの時間をいかに有効に活用するか考え…
結局は欲張らずに南禅寺まで戻って、初日に入園できなかった2つの庭を見学することにしました。
ひとつは天授庵。
南禅寺塔頭のひとつで南北時代の創建。
東側方丈前の枯山水の庭と、南側書院に面した池泉回遊式の庭園とに分かれています。
まずはその、方丈前の庭。
塀一枚隔てた向こうには南禅寺の巨大な三門がそびえ、そちらはそこそこ観光客で賑わうものの、天授庵のこちら側は静かなものでした。
細川幽斎の再建とありますので、こちらは江戸初期のしつらえでしょうか。
方丈を巡って路地門をくぐり、書院前の南庭に出ますとこちらは池泉回遊庭園。
こちらは南北朝時代の作庭という話ですが、
後の時代に大きく手を加えられているという話も聞きました。
寒空の下という事もありましたが、確かに時代を経た、古びた中にどこかに凜とした風情のある庭でした。
もう1ヶ所は再訪ながら、同行のS氏にぜひ見せたいと思っていた無鄰庵。
植治こと小川治兵衛と山形有朋による明治の庭です。
わたしも冬に訪れるのは初めてでした。
緑がとても濃かった夏の庭が印象的だった無鄰庵も、冬は人影さえまばらで淋しいものがありましたが、
やはりこの庭の魅力は、疎水の水をふんだんに使った流れの緩急でしょうか。
その辺りはちゃんとS氏にも伝わったらしく、今回訪ねた桂離宮を合せた3つの庭のうち、ここを一番気に入ってくれたようでした。
こちらこそ土塀一枚を隔てた向こう側は喧噪を極めた仁王門通りですから、この水の音に満たされた静謐な空間には、やはり得がたいものがありました。
短い訪問時間が何とも心残りで、次回はもう少し余裕をもって、出来ることならもう少し暖かい季節に…
再訪を誓って京都を後にしました。
遅い昼食は無鄰庵に隣接する喫茶「杉の子」。
これからの長距離ドライブが控えていますので、わたしは軽めのぶぶ漬けを頂いて、短い京都の旅を終えました。
よろしければ、ホームページもご覧下さい。
http://www.yui-garden.com/