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ステキな阿辺さん。

テーマ:浦戸諸島!
野々島に通う阿辺さんから

神戸に送るキャンドルの材料になる使いかけにロウソク沢山頂いたっ!





ろうそく~キャンドルに




ありがとう〜ございます。



そうした名も無き善意が溢れたらもっといい世の中になるのに。




偽善と欺瞞の溢れる安倍ちゃんを受け継ぐ菅ちゃんは

そうした無償の愛をきっと否定する。

自助とか言って見ぬふりばかり。





でもおいらたち負けないよっ!




手を取り合う仲間がいるから負けないよ!




庭ブロがリニューアル!
庭ブロ+(プラス)β版 サービス開始

歌詞入りバージョン 『ハマヒルガオ』

テーマ:浦戸諸島!
農業1年生さんが 仕事の都合上出稼ぎ1年生になってから

なかなかブログ更新してくれませんが  しっかり元気ですよ!!”


先日二人で半日撮影出張。。。。



松島湾に浮か浦戸諸島で 咲き誇るハマヒルガオを撮って来ました。



  そして昨日 『ハマヒルガオ』歌詞入りバージョンを送って来て下さいました。


   Youtube  ニューバージョン

  有難うございます。

なかなか行けなくて・・・。

テーマ:浦戸諸島!


  
なかなか島に行けません。

毎週何かと用事があり

HIROSIさんからも連れてってと言われているんですが

       なかなかねえ・・・・・。



昨日も地元の町内会の奉仕作業があって。。。




   作業の様子はシャララさんのブログで拝見。


   5名の参加者で大変だったみたい!”




      リンクル
 クリックアップ








お陰様でもう直ぐ5000回っ!

テーマ:浦戸諸島!
約3年半前の2011年の年末 重苦しい年が新しい年に代わろうとする時に


浦戸諸島の歌を作りたいと衝動的に思った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今から30年前 20代の頃初めて桂島に降り立った。

島内の それこそ軽トラ一台がようやく通れる程の九十九折の狭い車道に

インターロッキングブロックを敷き詰めるために山形から職人さん2人と共に・・・・・。

塩釜港から船に乗って30分程の時間を経ての訪島でした。





その後島の海水浴場が結構穴場だと

上の子連れて泳ぎに行ったこともありました。




それでもいつか島とは疎遠になってしまい

思い出の桂島になってしまっていた頃にあの大震災が起きました。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







2011年7月 庭ブロで知り合ったKIKIさん(野々島ラベンダーJ&K代表)から

野々島にラベンダー畑の摘み取りに参加しませんか?とお誘いを受けた!




そしてそれが20数年振りに塩釜の港から船に乗り

桂島 野々島などが連なる浦戸諸島に足を運ぶキッカケとなりました。







あの時は まだ湾の海底の様子が変わて大きい汽船は桂島までで

そこから小さい船に乗り換えて野々島 寒風沢島 朴島に行かなければなりませんでした。

そのための乗り換え待ち時間が桂島の港で20分。




同じく参加されていた『Uさん(海と花の物語の代表)』から

実家が流された島(桂島)の様子見て頂けますか?っとお声を掛けて頂きました。



はい 是非っ 私達が仕事させて頂いた道路の様子も気になってました。っと・・・・・。


じゃあ 20っ分しか有りません、走りましょう。




そうやって港から坂を駆け上がり津波が襲った集落まで2人走りました。


かつて海水浴場があった側です。


つまりは外洋に面した東側です。







震災からもう4ヶ月も経った島の現状に・・・




足が竦みました。


まだそのままでした・・・・・。







<















直ぐ脇の あの道路はそのままでした。















その日は隣の野々島に渡り ラベンダー畑で摘み取りをしました。














その年の暮れ

2011年の12月に 島の歌を・・・ 桂島や野々島の歌を作りたいって思いました。



自分自身でこの時代に生き合わせた証として何かを残したいって思いました。






♫夏の波間の浜辺に 歌うように流れた

島渡る風の音と 子どもらの笑い声


空は澄み雲は流れ 時はいつも優しくて

悲しみは消せぬけど 生きることは辛いけど


届かぬ想い咲き誇れ 島の大地に根をおろし

届けよ想い咲き誇れ きっと届くさ咲き誇れ


夏の波間の浜辺に ハマヒルガオの一輪♫







不思議と一番の歌詞はスラスラと出来上がりました。
















さて 二番、、、、、。







二番の歌詞、、、、、、、、、






んんん〜〜〜っ






出て来ません。


幾らひねっても一言も出てきません。

言葉が浮かんで来ません。











そりゃそうだよなあっ


自分が知っている島のことってなんにもないっ



島の人と話したこともないし 関わったのもほんの一瞬。


本当の島をなに一つ知らない自分が想像で書いた一番の歌詞。




それが自分の限界でした。

















なんだか勝手に島の歌を作る自分に

自己顕示欲という罪悪感を感じながら


それでも言葉を綴りたいっ

何かを残したいっ


その思いは年を越した2012年の正月に一層強くなりました。














そして『KIKI』さんに電話をしたのでした。








自分はあまりに島のことを知らないっ


言葉を貰えませんか!

なんでもいいです。

島のことを教えて下さい。















KI KIさんからこんな返事を頂きました。





『実はねっ 生まれ育った浦戸の思い出を綴った知り合いがいて

その綴られた言葉を持ってるから直ぐ送るね』









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






頂いたその紙に綴られた多くの言葉が

二番の歌詞を書くのに多くのヒントをくれました。





そしてそれ以上に 私の狭い視野や島の生活に対する固定観念を打ち壊すものでした。








それはこういう事です。









自分は盆地の端っこの 里山を背にした農村で生まれ育ちました。


里山にはキノコや山菜が溢れ

目の前には黄金色の稲穂が波のようにそよぎ

いなごが乱舞し 川にはウグイが飛び跳ねていました。


山里はとても豊かな自然に包まれていましたが

唯一海には遠く 干物の魚や山海漬けがご馳走でした。










頂いた紙に書かれた浦戸の思い出にはこんな言葉が溢れてました。



牡蠣 松茸 木苺 ウグイス 魚釣り 菜の花 マムシ 縄文遺跡 アケビ・・・・・・。






えええええ〜〜〜〜〜! 海の幸で暮らしているとばっかり思っていたのに


山の幸も凄いっ




自分が育った里山の恵みに加えて

自分が育った環境にはない海の恵みも

ここにはいっぱい有るんだっ


しかも縄文の時代から、、、、、、














二番の歌詞と三番のサビは 島への憧れと敬意の表現となりました。







♫浦戸の島に遥か遠く 受け継がれしもの達よ

菜の花には花の命 海にあるは海の命


この島にまた夏が来て この島に秋が来て

この島に冬が来て この島に花が咲いて



届かぬ想い咲き誇れ 島の大地に根をおろし

届けよ想い咲き誇れ きっと届くさ咲き誇れ

夏の波間の浜辺に ハマヒルガオの一輪♫


木苺摘めば夏が来て ウグイス鳴けば春は直ぐ

坂の上に道を行けば あの日と同じ君の笑顔

夏の波間の浜辺に ハマヒルガオの一輪

ゆらゆらり ゆらゆらと ゆらゆらり ゆらゆらと♫
















ハマヒルガオ
↑お陰様で もうすぐ再生回数 5000回になります。



感謝 感謝です。







野々島の防潮堤

テーマ:浦戸諸島!

昨日野々島での作業の私のお手伝いは刈払機での草刈りが主でした!”


20名ほどの方々がボランティアで参加

ラベンダーの刈り取りが順調に進みます!”



          


 
          













  島のアジサイは今が盛りと綺麗に咲いていました。

     





  キイチゴもね






  ラベンダー畑の休憩所には

  最初の年(2013)の希望の芽で出来上がった 希望のメッセージボードの一部が

  切り取られてそのままフェンスとして使われています!”



      


裏側もびっしりと






    作業の休憩時間に

   うめっちゃんが捕まえた

     
    カナ〇〇



   はははっ!”  よく捕まえたね~~~!!”























帰りの港で

島に生活する女性から

『なんとか建設を止めるためにみなさんに
島民の声を届けて下さい。』

『津波のやってきた方向にならわかるのに

やってきた津波が海に抜けて行ったこの方角に防潮堤はいらないんです。』


そう声を掛けられました。

   
      昨日の写真(県が計画している高さ)



   
      ボランティアで来られた方々(住民がせめてこれぐらいならとお願いしている高さ)



   
      春の時の写真

   
      津波が抜けて行った方角にこんなに高い防潮堤はいらないっと

      住民の方々は仰っています。





   津波が来たのはこの黄色い板の左側の奥から。。。





   
    この写真だと正面向こうの奥からこちらに向かってやってきた。



   でも野々島のみなさん『津波は必ずやってくる』と



   高台に全員逃げていたので助かった。





    なぜこの住民の声は行政に届かないのでしょう。

    どこにそのお金は流れて行くのでしょう。



    復興予算はどう使われているのでしょう。








   とても疑問ですね!”





















5月3日

テーマ:浦戸諸島!
5月3日は 浦戸諸島の野々島での作業でした。



今後のラベンダー畑拡大に向けて 荒地の整備。




途中植え残されてた桜2本と 紫陽花1本を

移植することになり 適地を探しました。




ほどなく桜の移植場所は決まったのですが

紫陽花をどこに植えようかと暫し思案。。。。。





おおおっ 先人が置いてくれてたボートに

紫陽花を添わせたら結構いいかもっ


と閃いて ちょっとだけ遊んでみました。





紫陽花があまりに小さいので いずれ大きく育って

ボートのオブジェ
クエッションマーク)とバランスがとれるまで

近くにあった廃材(朽ちかけた角材と欠けた瓦)を使ってチョキ




作業の様子はこちらの→ブログをクリック

























さて 前回の防潮堤の高さについて 補足があります。






今回は 私が写り込んでみました。


行政(宮城県)が計画している 防潮堤の高さです。


補足というのは『津波が押し寄せてきた方向』です。

この写真だけでは事情の知らない方々には

本当のところが伝わらないのかなっと気付きました。








いまこの写真の後ろに見える海はこの島の船着場で

おおよそ西側にあります。


そして写真でいうと左手側・・・・・、

つまりは南の浜から津波はやって来て

ここから海へ抜けて行きました。









いずれ将来また来るかもしれない津波も

同じように南側から島を襲うと考えられます。



だとするとこの岸壁の防潮堤は島に入って来る海水を

単に堰き止め地域をプールのようにしてしまうと考えられます。






んんん〜〜〜っ









住民が望む防潮堤の高さです。






でも本当は防潮堤は無くてもいいと思っている方が殆どです。








なぜ そんな住民の声は受け入れられないのでしょうか。






例えば 『防潮堤を造る事自体が復興に寄与するんだ』という考え方が有ります。


多額のお金が防潮堤建設に注ぎ込まれ地元の建設業界が潤い

転じて被災地が活性すると・・・・・っ







どこか『なんとかミクス』の理論に似ています。。。













いっときの夢が覚めれば荒涼たる風景の中を

千年も変わらぬ風がただ吹き抜けるだけです。











手を伸ばすその指先にある未来

テーマ:浦戸諸島!
彼女が精一杯伸ばす指先の その先にある未来が
どんな風になるのだろうか それをみんなで考えなきゃねっ


            














震災以来 ボランティアで花を植えていらっしゃる方々の 

お手伝いが少しでも出来ればと

なんどかお邪魔している宮城県塩釜市の松島湾に浮かぶ浦戸諸島。

独特な島時間が流れる素敵な島です。

なんといっても
 『日本三景』に数えられる松島湾ですから

その景観は日本の宝物です。









湾の中に人が住む島は全部で4つ(4島)あります。

手前から
 『桂島』 『野々島』 

   『寒風沢(さぶさわ)島』 『朴(ほう)島』


いずれもそれぞれに個性があってそれぞれの魅力がいっぱいです。

遺跡があるためにこの浦戸諸島には縄文時代から

人が住んでいたことがわかっています。



海の幸 山の幸が豊富な島です。







このたびの東日本大震災ではやはり大津波が4島を襲いましたが

殆どの方が高台に避難し無事だったことで防災意識の高さが証明されました。







さてそんななかで
今 島の人たちと行政側との間に大きな問題が生じています。




 『難しい問題だから・・・・』っと そこで考えることを止めずに 
難しいことは単純に考えることで答えはすぐに出るのですが


『難しい問題だから・・・・・』っと簡単なことを難しく考えさせようとする人たちがいて


対立は やはり平行線をたどっているようです。







その『問題』とは 防潮堤の高さです。



まずは中立な立場で河北新報の報道をご覧ください。=1mの攻防=
 
                        是非クリックアップペコペコ




先日(4/29)昭和の日に島に伺った際に 

島の方々からこの問題についてお考えを直接伺いました。



要約すると とても単純なことなのです。






1. 当初の計画高海抜4.3mの防潮堤を 3.3mに引き下げたとしても

   海の見えないことには変わりなく 暮らす島民の目線に立って

   防潮堤の高さを2.3mまで引き下げて欲しい

2. 漸く戻りつつある観光客が海の見えない景観のためにまた去ってしまう。

3. 実際に人的被害が極端に少なかったのは

   島民の津波に対する避難の意識が高く

   地震後すぐに裏山に逃げたからで防潮堤に守られた訳ではない。

4. 防潮堤は津波を食い止める働きがあるのと同時に

   人の流れまでも食い止めてしまい

   やがて誰も住まない無人の島になってしまった時に

   果たして3.3mもの防潮堤は津波から何を守ろうとするのか。









将来 また巨大な津波が島を襲った時

その未来の時代に生きる人たちは 

松島湾に浮かぶコンクリートに囲まれた無人の島々を見て 

祖先である平成に生きた私たちのことを

どう思いどう評価するのだろう。




いま行政に携わる人たちは 

今を生きる人たちのこと以上に

未来に住む人たちの心情に想いを馳せれば 

答えはあまりに単純に思えます。






『2.3mの高さに低く防潮堤を設定したのは

平成に生きた私たち島民の意志でありました』


そう刻んだ石碑を建ててもいいんだよっと話す島の方々を

ただ『そうだっそうだっ』とそばで頷く事しか出来ないけれど

せめてこうした問題が 今浦戸の島と県との間で起きていることを

ここに記して置きます。






行政が計画する海抜3.3mの高さはこれくらい。


   海が見えない

TP+3.3m



  『これぐらいにして』と島民が願う防潮堤の高さははこれぐらい。


   海が見える

TP+2.3




そもそもどうしても防潮堤を作ると頑として譲らない県に対し

それならこのぐらいでっと妥協しているのは島の人たちのほうで

本当はそもそも防潮堤はなくてもいいよって思っているのだと思います。

なぜなら逃げた実績がこの島には何度もあるからです。



日本の中でもっと緊急に津波対策を必要とするところがあるならば

そちらに組み替える予算でいいのだと思います。
















        


彼女が精一杯伸ばす指先の その先にある防潮堤が
どんな未来を作るのだろうか 





      それをみんなで考えなきゃねっ









     





















       
          
      島で見つけたヤドカリ2匹


       

 













































             君たちの未来でもあるんだねっ











































みんなの力

テーマ:浦戸諸島!
11/23(日)は 浦戸諸島の桂島に行って来ました。

震災後の夏
flowerふぁんさんに連れて行っていただいて
初めてみた桂島の津波の跡。。。




   自分の中でそこからいろんなものが始まった気がします。

まだ午後早い時間なのに 11月の太陽は高度が低く

   
まるで夕方のように煌めく海。。。



   山形風のいも煮を作るというので 味付けのお手伝いをしましたよ!!”

                 ははは~~~!!”


     ほとんど写真を撮らなかったので

     様子は ふぁんさんのブログをどうぞ!!”


            ~桂島の活動のようすはここから~
                 アップ


   うめっちゃんのお姉さんも今回初参加!!”
   
   やっぱり鋭い動きでしたよ!!”







   2011/7月  浦戸諸島に関わり始めた頃のブログです!”

         いま読み返しながら・・・
           アップ

  まだまだやるべきことの多さを感じます。



    みんなの力が必要です。





草取り

テーマ:浦戸諸島!
8/2は浦戸諸島 野々島へ。




  ラベンダー畑の草取りです!”

       


       




  タカショーさんからご寄附頂いたシェードの下で
     

  暑さ凌ぎながらの昼食。
     




   綺麗なハスの花が咲き
   

もう赤とんぼが飛びます。






あっという間の 帰り道


つばきのトンネル道は



蝉の声に柔らかに包まれて

幻想的な空間。



  まるでトトロに出会うメイが駆けて来そうとの声。。。

      なるほどそうだなあ~~!”









Aさんのベンチ

テーマ:浦戸諸島!


     野々島のラベンダー畑に


     ペンギンのベンチが作られていました。


        



    Aさんが 作ってくれたペンギンベンチは 海が見えるところに。


    作業の合間の休憩は 心地よい島風に吹かれました。


















    そして もう一ヶ所・・・・・。




    おのくんの生まれる 小野駅前仮設住宅の集会場にも

     

    Aさん ベンチを作ってくれたんですね~~!”








    可愛いおのくんベンチです。

     













  おのくんベンチでくつろぐおばあちゃん達。

       






  Aさん ありがとう~~~!”











  それから  みなさんから送って頂いた


  靴下に






  目玉と綿と



  お届けして来ましたよ。






  同行のうめっちゃんと その友人の〇木さん。

  可愛いおのくんを品定め!!!!!””



     FAXでの申し込みでは数ヶ月待ちの状態ですが

     直接仮設に来てくれる方々は 少し飾ってある分に限り

     気に入れば買うことが出来ます。

     でも その時に希望のおのくんがなかったら

     その場で申し込んで やっぱり数ヶ月待つことになります。







    気にいったおのくんを見つけて

    里親になってくれました。


         





  庭ブロのみなさんとの架け橋・・・。




    今後も続けていきます。







  







   















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エクステリアプランナーではないんです。
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ホームページの施工例の中にそれが沢山あります。
是非 一度ご覧下さいね!
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