高畑勲監督と須貝智郎
テーマ:TOMOOさん出演編
2013/12/23 17:52
今年・・・・・、
数ヶ月前から TOMOOさんと会うたびに
『監督てさあ~っ・・・
監督は哲学者なんだよねえ~
今 かぐや姫の映画作ってるんだけど公開遅れてるんだよな~
んだって 監督は哲学者なんだから 妥協しないんだよなあ』
高畑 勲監督のことを語る時
須貝智郎の目は いつもキラキラしてる!”
映画 『かぐや姫の物語』が 先月公開されると 会うたびに
須貝智郎は私にこう言います。。。
『に~のくん 観た?
あっそう~ まだなんだっ
凄ん~~~ごくいいよっ
是非観て見たら・・・・・。
監督は哲学者なんだよなあ~~~!!”』
先ほど 映画『かぐや姫の物語』 観てきました。
とっても素晴らしい映画でした。
初めて観る 『絵』でした!”
水彩画のような 絵巻物のような こんな作画の技法って
初めて観る絵が スクリーンいっぱいに溢れます。
素晴らしいのは
絵の技法だけではありません。
この映画は
外国映画に 日本語を葺き替える時のように
映像見ながら 声優が後から台詞を載せる方法(アフレコ)ではなく
最初にラジオドラマのように
声優たちが言葉を入れ
それに合わしてアニメーションを作って行くという
プレスコっていう方法で制作されたために
物凄く会話が自然なのです。
舞台劇のようにひとりひとりの会話が順番に出番を待つのではなくて
感情豊かな会話がそのまま映像と重なって
映画を観るように心が高ぶります。
涙 溢れました。
草花 虫達も丁寧に描かれ
大好きなナズナも出て来ました。。。
事前に声を入れるプレスコは 震災の年に行われました。
その後公開までの2年余りに アニメは完成しました。
しましたが・・・・・
かぐや姫を育てた翁役の地井武夫さんは
このアニメ映画の完成を見ることなく亡くなってしまいました。
是非 映画ご覧になって下さい。
***************************
一度だけ 高畑勲監督とお会いしたことがあります。
シベールアリーナでの高畑監督の講演があったあの年。
TOMOOさんからの電話。
『に~の君っ 講演のあとに監督(高畑)と食事するんだけど
一緒にいこっ』
『ええええ~~~~っ
あの おもいでぽろぽろの高畑監督とですけかあ~~汗っ』
前列右から三番目の高畑勲監督の隣のオドケたポーズの須貝智郎(TOMOOさん)
須貝智郎(TOMOOさん)の大地に根ざした生き方と
高畑勲監督が描いた『かぐや姫の物語』には
共通する自然への畏敬の念があります。
自然によって生かされ
自然の中でしか生きられない人間を
高畑勲監督は アニメ映画で表現し
須貝智郎は歌と農作業で体現している。
須貝智郎のアルバム 『KUWA』に
高畑監督はメッセージを寄せています。
そのメッセージを 転記します。
千九百三十年代後半、大関松三郎という天才的な農村少
年が、敵でもないのに鍬でけちらかされなければならない虫
けらに呼びかける詩を書いた。それから六十年、須貝智郎
という農村中年がベゴや椋鳥や雑草の白い花やマメコバチ
を歌う。時代は移り、農村は豹変したが、生きものや土と
共に暮らす人の出くわす矛盾は基本的に変わるはずはな
かった。それなのに、食べものを毎日口にしながら、衛生的
なビニールパックにへだてられて、わたしたちはそんなこと
に気づきもしない。
須貝さんは、その矛盾を、ユーモアと達観と、そして生産
者としてのしたたかさで歌っている。生かしたり育てたり、
殺したり追い払ったり選んだりしなければならない、しかし
ほんとうはすべてと共に生きたい人の、日々のやるせな
さ、日々の喜び、日々のつぶやき、日々の叫びを歌っている。
須貝さん。もっともっと歌い、もっともっと教えておくれ。
高 畑 勲
高畑勲監督がメッセージ寄せてくれた 須貝智郎のアルバム
KUWA
高畑監督と須貝智郎さんのことを書いた
あの日の『共感』のブログです!!”
なぜ かぐや姫は地球に降り立ち
なぜ かぐや姫は月に帰らなければならなかったのか
姫の振り返った瞳に映るのは・・・・・・。
深い深~~い哲学がありました。
数ヶ月前から TOMOOさんと会うたびに
『監督てさあ~っ・・・
監督は哲学者なんだよねえ~
今 かぐや姫の映画作ってるんだけど公開遅れてるんだよな~
んだって 監督は哲学者なんだから 妥協しないんだよなあ』
高畑 勲監督のことを語る時
須貝智郎の目は いつもキラキラしてる!”
映画 『かぐや姫の物語』が 先月公開されると 会うたびに
須貝智郎は私にこう言います。。。
『に~のくん 観た?
あっそう~ まだなんだっ
凄ん~~~ごくいいよっ
是非観て見たら・・・・・。
監督は哲学者なんだよなあ~~~!!”』
先ほど 映画『かぐや姫の物語』 観てきました。
とっても素晴らしい映画でした。
初めて観る 『絵』でした!”
水彩画のような 絵巻物のような こんな作画の技法って
初めて観る絵が スクリーンいっぱいに溢れます。
素晴らしいのは
絵の技法だけではありません。
この映画は
外国映画に 日本語を葺き替える時のように
映像見ながら 声優が後から台詞を載せる方法(アフレコ)ではなく
最初にラジオドラマのように
声優たちが言葉を入れ
それに合わしてアニメーションを作って行くという
プレスコっていう方法で制作されたために
物凄く会話が自然なのです。
舞台劇のようにひとりひとりの会話が順番に出番を待つのではなくて
感情豊かな会話がそのまま映像と重なって
映画を観るように心が高ぶります。
涙 溢れました。
草花 虫達も丁寧に描かれ
大好きなナズナも出て来ました。。。
事前に声を入れるプレスコは 震災の年に行われました。
その後公開までの2年余りに アニメは完成しました。
しましたが・・・・・
かぐや姫を育てた翁役の地井武夫さんは
このアニメ映画の完成を見ることなく亡くなってしまいました。
是非 映画ご覧になって下さい。
***************************
一度だけ 高畑勲監督とお会いしたことがあります。
シベールアリーナでの高畑監督の講演があったあの年。
TOMOOさんからの電話。
『に~の君っ 講演のあとに監督(高畑)と食事するんだけど
一緒にいこっ』
『ええええ~~~~っ
あの おもいでぽろぽろの高畑監督とですけかあ~~汗っ』
前列右から三番目の高畑勲監督の隣のオドケたポーズの須貝智郎(TOMOOさん)
須貝智郎(TOMOOさん)の大地に根ざした生き方と
高畑勲監督が描いた『かぐや姫の物語』には
共通する自然への畏敬の念があります。
自然によって生かされ
自然の中でしか生きられない人間を
高畑勲監督は アニメ映画で表現し
須貝智郎は歌と農作業で体現している。
須貝智郎のアルバム 『KUWA』に
高畑監督はメッセージを寄せています。
そのメッセージを 転記します。
千九百三十年代後半、大関松三郎という天才的な農村少
年が、敵でもないのに鍬でけちらかされなければならない虫
けらに呼びかける詩を書いた。それから六十年、須貝智郎
という農村中年がベゴや椋鳥や雑草の白い花やマメコバチ
を歌う。時代は移り、農村は豹変したが、生きものや土と
共に暮らす人の出くわす矛盾は基本的に変わるはずはな
かった。それなのに、食べものを毎日口にしながら、衛生的
なビニールパックにへだてられて、わたしたちはそんなこと
に気づきもしない。
須貝さんは、その矛盾を、ユーモアと達観と、そして生産
者としてのしたたかさで歌っている。生かしたり育てたり、
殺したり追い払ったり選んだりしなければならない、しかし
ほんとうはすべてと共に生きたい人の、日々のやるせな
さ、日々の喜び、日々のつぶやき、日々の叫びを歌っている。
須貝さん。もっともっと歌い、もっともっと教えておくれ。
高 畑 勲
高畑勲監督がメッセージ寄せてくれた 須貝智郎のアルバム
KUWA
高畑監督と須貝智郎さんのことを書いた
あの日の『共感』のブログです!!”
なぜ かぐや姫は地球に降り立ち
なぜ かぐや姫は月に帰らなければならなかったのか
姫の振り返った瞳に映るのは・・・・・・。
深い深~~い哲学がありました。
ひろしくん と おのくん
テーマ:おのくん
2013/12/23 10:32
仙台のひろしさんと昨日会いました。
TOMOOさんちに向かう途中に
ダイソーに立ち寄り・・・・・。
ありがとう~ ひろしさんっ!!”””
おのくん用目玉 買ってくれました~~~~!!”
南陽市のヨークタウン内のダイソーにてっ
おお~っ いい男
ひろしさんブログ
東京のYさんから送って頂いた靴下と一緒に
また 代走しま~~~す!”