無事に帰って。ご報告とお礼。
こんばんは高橋です。
久々に庭ブロの絵文字を使えています(笑)
石巻から京都へ無事に帰ってきました。
今月の16日に救援物資を宮城県の南三陸町へ届け、
その後5日間石巻で災害ボランティアとして活動してきました。
ご提供いただいた皆様、 この活動に賛同し、ご協力いただいた
皆様、本当にありがとうございました。
この場をかりてご報告させていただきたいと思います。
救援物資は車に満載し、京都から走ること12時間、
約1000キロ先にある南三陸町の仮設の役所や避難所となっている、
ベイサイドアリーナへ届けてきました
物資担当の大森さん。皆様から頂いたメッセージは総合受付に
置いていただけるそうです。
南三陸町は「町」と呼ばれるものが無くなっています。
鉄骨やRC造以外の建物は跡形も残っていません。
建物に絡みつくカキ養殖の網。
津波の規模がどれほどのものか物語っています。
避難所の様子などは全く撮る気になれませんでした…
翌日からは石巻市での災害ボランティアを。
石巻には毎日1000人規模のボランティアが6名程度でグループを
つくり、被災したお宅のゴミ捨てや泥だしを行っています。
公道に出されたゴミは全国から集まった業者や自衛隊が
一時保管されている場所へと運んでいきます。
私が活動していた地域では一階部分が浸水していて、
2階に住みながら家の片付けをしている方もいらっしゃいました。
石巻は海岸沿いに工業地域があったのが津波の勢いを和らげた
一因だそうです。 それでも亡くなられた方は多いですが、
足の不自由な住人の方からは、そのおかげで2階に逃げただけで
助かることができたという話を聞きました。
しかし、庭の掃除をしていると工場から流れてきた紙のロールや肥料、
丸太などが多く、復興の妨げにもなっています。
ボランティアの活動場所はこれから、
より被害の大きい場所へと移っていきます。
コツコツと続けていくことが大事だと思います。
また、今後心のケアの問題も出てきます。
ボランティア作業の合間に、現地の方のお話を聞くだけでも、
少しでも不安感が取り除けるのではないのでしょうか。
被災地を見てきた人が、何が必要なのか伝えるだけでも
次の状況は大きく変わると思います。
いま私たちができることをちょっとでも行えば
被災地に住んでいる方々や、支援活動を行う方々の
負担が少なくなります。
その分、前へ進む力が大きくなります。
一緒にコツコツ、頑張っていきましょう!
コメント
トラックバック
http://blog.niwablo.jp/greenplus/trackback/90906