そろそろ
先生っ!
こんな再会があるとは。7月9日が楽しみです。先生頑張ります。
薫風自南来
新緑のもみじも日増しにその色を深め、皐月の花の季節になりました。
美しく刈り込まれた皐月に花が咲き競う、すっきりとして気持ちがいいですね。
5月23日は、丈山忌でした。
煎茶の祖とされ、詩仙堂(京都市)に隠棲した川石丈山は、日東(日本)の李杜(李白、杜甫)と賞されるほど詩文にすぐれ、書(隷書)にすぐれ、煎茶を好み、文人として清の境地、清らかなものを求め自然にそい、高雅な世界を作り、楽しみました。
丈山は、徳川家康に仕えた武士で、数々の武功をたてましたが、大坂夏の陣で禁令をおかし、蟄居を命じられます。
剃髪し、妙心寺に入りますが、やがて儒者、林羅山らと交わり、藤原セイカの門に入り朱子学を学びました。
石川丈山は、当地(広島)にもゆかりがあり、広島藩浅野家に二千石で儒臣として仕え、十三年間広島に住んでいました。
母の死去のあと京に帰り、仕官のすすめも断り、詩仙堂(室の壁に中国の詩人(詩仙)三十六人の画像をかかげてある)を建て隠棲します。
詩仙堂の庭は、後の改造を受けていますが、丈山の美意識はつたわります。庭は上下二段にわかれ、書院の前に広がる白砂と皐月の刈り込み、その後ろには、もみじの林、滝からつづく細い流れは皐月に囲まれ、やがて下段の池にそそぎます。その途中に、有名な『鹿おどし』があります。
鹿おどしは、僧都とも呼ばれ、昔、農村で鹿や猪から田畑を守るため考案されたものです。
この音が鹿や猪を遠ざけたのです。
現在は、その音を楽しむため庭園に取り入れられています。
『コーン』
静寂の中で聞く音は、心の中まで響きます
むかし 男ありけり
五月一五日は、葵祭りです。
葵祭りは賀茂祭ともいわれ、平安時代から続く、京都上賀茂神社、下賀茂神社の祭りです。
勅使代以下、五百人におよぶ平安装束の行列は、斉王代をはじめとする女人列のあでやかさ、平安絵巻そのままの雅な行列です。
賀茂祭は、参列者の冠や装束、馬や牛車、社殿などに葵と桂の葉が飾られることから葵祭といわれます。
葵は双葉葵で、徳川家の三葉葵の紋所は、この葉を三枚組み合わせたものです。
祭りがある上賀茂神社の近くに境外摂社大田神社があり、境内の大田の沢は、カキツバタ(杜若)の名所です。
から衣 きつつなれなし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ
伊勢物語、東下りの段にのる、かきつばたの文字を句の頭においてよんだ歌です。
物語の主人公、美男で気ままな色好みの貴公子、在原業平一行は、京に住みずらくて東国を旅し、三河の国(愛知県)八橋という所を通ります。
沢の水が八方に流れ別れ、それに橋を八つ渡してあり(地名は、これに由来します。)沢の中には、カキツバタが風情あるようすで咲いていました。
古くから、絵画や衣装、蒔絵など工芸品にこの意匠が多く用いられています。
庭にも、この意匠(八つ橋)が取り入れられています。
掘立の脚と桁、上に千鳥、又は屈折させた八枚の板をのせて橋とし、その袂にカキツバタを植えます。
すっきりと立ったカキツバタの中、右に左に橋を渡り、花を見ながら歩みを進める、風雅ですね。
橋板は八枚とかぎらず、カキツバタにかえて、花菖蒲を植えることも多いです。
八橋はあちらこちらで見ますが、岡山の名園、後楽園では、曲水の流れに架けられ、杜若が咲くころ、花菖蒲の花時は見事です。
補修
最近、リガーデンをさせて頂く事で、多々ある気になる事があります。
玄関前の成長の激しい樹木の植栽、隣地境界付近の、高木の植栽、とげのある樹木の付近の、つるものの植栽、将来管理の難しい樹木どうしの植栽など、がっくりすることがあります。
ショウウィンドウ的な植栽に悩まされます。1~2年で、植えかえするのならともかく…。
ただひたすら刈り込まれた樹木、色が違うだけの樹木、特性を生かさない管理方法…など。
植栽だけでなく、土間、タイル、水はけの悪い庭、など多い気がします。
つい最近でも
立ち上がり部分空洞です。
気の毒です。
サイズは違いますが、補修しました。
全体的に下地は空洞になっていると思われます。
ウッドフェンスの笠木。
定期的な塗料の塗布、ベルトサンダーで古い塗料を除去し、防腐塗料を塗布。
終了。
インターロッキング、レンガ。
目地の除草。
シュロ縄の取り替え、すぐできる事は、気がつけば心がけていきたいと思います。