ハットトリック
本日、チャドクガ、イラガ、アシナガバチ、にやられました。
おまけに、バラのトゲが……。
久しぶりのハットトリックでした。
同級生
ここ何日か、同級生(クラスメイト)と仕事させていただいてます。内容は、石垣のメチ入れです。足場屋の岸本、塗装屋の上中、当時の生活とは、面影もなく熱意と、情熱の塊のようでした。
横36メートル、高さ5メートル、足場を組んで、ハイフレックスを吹き付けて(刷毛でぬると時間かかるので)メチ入れ準備が本日完了しました。明日からメチ入れ頑張ります。クラスメイトの熱意と、情熱に負けないように。
しかし、20年以上たつと、髪の毛は薄くなり、おなかも出て、当時のスタイルは皆さんキープできてませんでした。少し安心しました。
同級生は、いいものですね。これからも、よろしゅうに!
そろそろ
先生っ!
こんな再会があるとは。7月9日が楽しみです。先生頑張ります。
薫風自南来
新緑のもみじも日増しにその色を深め、皐月の花の季節になりました。
美しく刈り込まれた皐月に花が咲き競う、すっきりとして気持ちがいいですね。
5月23日は、丈山忌でした。
煎茶の祖とされ、詩仙堂(京都市)に隠棲した川石丈山は、日東(日本)の李杜(李白、杜甫)と賞されるほど詩文にすぐれ、書(隷書)にすぐれ、煎茶を好み、文人として清の境地、清らかなものを求め自然にそい、高雅な世界を作り、楽しみました。
丈山は、徳川家康に仕えた武士で、数々の武功をたてましたが、大坂夏の陣で禁令をおかし、蟄居を命じられます。
剃髪し、妙心寺に入りますが、やがて儒者、林羅山らと交わり、藤原セイカの門に入り朱子学を学びました。
石川丈山は、当地(広島)にもゆかりがあり、広島藩浅野家に二千石で儒臣として仕え、十三年間広島に住んでいました。
母の死去のあと京に帰り、仕官のすすめも断り、詩仙堂(室の壁に中国の詩人(詩仙)三十六人の画像をかかげてある)を建て隠棲します。
詩仙堂の庭は、後の改造を受けていますが、丈山の美意識はつたわります。庭は上下二段にわかれ、書院の前に広がる白砂と皐月の刈り込み、その後ろには、もみじの林、滝からつづく細い流れは皐月に囲まれ、やがて下段の池にそそぎます。その途中に、有名な『鹿おどし』があります。
鹿おどしは、僧都とも呼ばれ、昔、農村で鹿や猪から田畑を守るため考案されたものです。
この音が鹿や猪を遠ざけたのです。
現在は、その音を楽しむため庭園に取り入れられています。
『コーン』
静寂の中で聞く音は、心の中まで響きます




